ペットのお墓 ワンハート・ストーン


40にして迷う

2008/04/18

孔子曰く
『吾れ十有五にして学に志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。五十にして天命を知る。六十にして耳順がう。七十にして心の欲するところに従って、矩を踰えず(私は十五歳で学問を志した。そして三十歳で一本立ちした。四十歳であれこれと迷うことがなくなり、五十歳になると天が命じたこの世での役割と自らの限界を知った。そして六十歳になったときには、人の言葉を素直に聞けるようになった。七十歳になると、自分の思い通りにふるまっても道に外れることはなくなった)』
今のネット世代の人には、ソフトバンク・孫さんの人生50年計画のほうが有名か?
『20代で名乗りを上げ、30代で軍資金を最低で1,000億円貯め、40代でひと勝負し、50代で事業を完成させ、60代で事業を後継者に引き継ぐ』


最も大半の人は私も含めて、人生計画通りには進まないものだし、それどころか無計画な人も多いと思う。20代の頃はそれでもいい。あまり大差がない。有名大学を卒業したサラリーマンも、フリーターも色々な生き方はあっても、同じようにお金も社会的地位もない。ところが三十代くらいから少しずつ差がついて、四十代ではハッキリと勝ち負けがつく。さらに年収や職業や生き方により、「まったく違う人種」のように感じることすらある。
では勝ち組は良いとして、負け組は40代にして、残りの人生をただ虚しく負け組として生きていくのか?
ということになるのだが・・・。

私は今40を少し過ぎて、それでも『迷う』孔子のようにはいかいない。
20代の頃は現実を無視し、ただ自分の理想や夢を追いかけていたように思う。
30代の頃は豊かに暮らしたい、いい車に乗りたい。いい家に住みたい。そんなことを考えていた。
それが40代を目前に控え、『どう生きたらいいのか?』解らなくなった。
いろいろ考え悩み、今の自分がある。それでも迷うのである。『これでホントに良いのか?』と。

つまり40で解ることもある。40代は人生の終着点ではない。
お金が在って、社会的地位があることだけが成功ではない。
迷いながらも、そのことだけは解ってきた。はっきりと。

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