ペットのお墓 ワンハート・ストーン


お盆のお話

2011/08/20


八月一日(東京は七月一日)に、あの世の扉が開いて、
ご先祖様が家に帰ってこられる。
気の早い御先祖もおられれば、ゆっくりな方もおられるが、
七日までには帰ってこられるので、
地域によっては『七日盆』などといい、
この日にお墓へお迎えにいく。

それから京都五山の送り日の16日くらいまでは家で過ごされて、
また随時帰って行かれるのだが、
親より先に亡くなった子や水子は、中々親元を離れたくない。
そこで24日(その前後)に地蔵盆を務めて、子供をあの世へ帰す。

さて、この話・・・嘘か誠か?
その真意はともかく、そうあって欲しいという人々の願いが、
今日のお盆の行事を根付かせた。
坊さん主導で受け継がれてきた行事ではない。
なぜなら、
浄土教的に言えば、極楽往生した人は帰ってこないし、
他宗的に言えば、成仏した人が帰るはずがない。
まして、その事を知らない(学んでいない)坊さんはいない
(そのハズだと・・・願う)
しかし、その事を口にする坊さんはいない。
(そのハズだと・・・さらに願う)
というか・・・言えなかったんだと思う。

亡くなった親を何時までも思う人の優しさ。
またそれを受け入れた、お寺さんの優しさ。
お盆とは、そんな人の心(仏心)は育んだ夏の風物詩じゃないでしょうか。

さて、
23日は私が住職をする寺、24日は実家の寺の地蔵盆です。
それが終わると、お盆が、夏が終わります。

コメント

そうですよね、心の中には帰って来るだろうけど
もし、本当に帰ってきたら、お坊さんだって腰抜かすでしょう^^
でも、帰って来た姿を見てみたい、これ凡人の本音です。
だからお盆がずっと受け継がれているんでしょうね。

2011/08/21 00:24 | papa

過日曾野綾子が産経新聞で、靖国に関して書いた文章の最後に「死者と生者の魂には、素朴に出会う場所がいるのである。」と書いていました。
私は其れを受けて・・・・

げに然り!
そもそも『魂とは何か?』『魂は在るのか無いのか?』などと云う問いは立てないのが良い。我々如きお粗末な頭で魂のなんたるかに、明快な答えなど出しようが無い。
しかし魂抜きには有りようが無い私たちの現実がある。曰く「見上げた役者魂である」「魂が入ってない」「魂消(たまげ)た話だ」「三つ子の魂百まで」等々。
その魂と、生き死にの境を超えて出会える場所を欲しがるのは人間の自然であろう。それがお墓であり、一年に一度出会える時期をお盆、毎月一度出会い可能な日を命日と呼ぶところに、極めて人間らしい魂が息づいてはいないか
・・・と書きました。

本日よりT新聞の日曜版に「ご無理ごもっとも」と言うタイトルで・・・こういうスタイルのコラム風のものを連載します。

「お盆とは、そんな人の心(仏心)は育んだ夏の風物詩じゃないでしょうか。」・・・上手い表現ですね(^_-)-☆

同じような事を考えていて‥上手い表現に感心したので‥長文のコメント(^_^;

2011/08/21 03:25 | 髭

papaさん
お参り中に、帰ってきたら腰が抜けるくらいじゃすまいね(^Q^)/

髭さん
お褒めにあずかり光栄です(^^ゞ
夏の終わりは、虫の声、風の向き、気温・・・
すべてが変わって、なぜか物哀しくなりますね
 

2011/08/21 19:40 | 龍

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