ペットのお墓 ワンハート・ストーン


『信じる』という事

2011/04/20
親しくおつきあいをしていたカップルが

その関係にピリオドを打った。

結婚すると思ってただけに、我が心まで曇り空のような気分。


そのような結論を聞いて、しばらくたって、

原因は様々あろうが、

最後は、この『信じる』という壁を越えられなかったのあろう。

もっとも人生のパートナーを選ぶんだから、当然と言えば当然であるが・・・


この『信じる』という心の作用を維持するのは相当に困難である。

恋人であれ、夫婦であれ、友人であれ

ましてやビジネスとなると尚更である。

だからこそ、時間を共有して、会話して、思いを語り、理解を得て

さらに関係を成熟させていくのであるが、時に「信じる」という壁を越えられず

破綻していく関係もある。

『信じる』気持ちを維持するのは、本当に困難です。


その究極の形が

『信仰』ですが、そこにたどり着ける人は、

恐らく、

ほんの僅かな、

信仰の実践者なんでしょうね。


私は、まだそこへは辿り着けないですが、

いつか行けるように、

少なくとも

大切な人達は

信じていきたい。

例え、誰かが批判しようとも

私だけは信じていたい。


コメント

ふむ!ふむ!
仏教に言う…仰信・解信・証信に就いて考えますね。

人間関係に於ける理想的な理解の在り方は、実は分析を伴う其れでは無く、そっくり丸呑みをするという『理解』(受け容れ)が有るのじゃ無いか?等と云う事を考えます。

何と人間は難しいもではありませんか!σ(^◇^;)

2011/04/20 18:46 | 髭

髭さん
仰せの通り、『全てを受け入れる覚悟』だと思いますが、その前段で
選別は必要です(笑)大切な人か?どうか?の見極めです。

2011/04/20 20:25 | 龍

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